プレミアム / 第1回 欧州エネルギー・産業レビュー
欧州の「理想」が死ぬ日:脱炭素の裏で加速する産業空洞化とガス回帰の矛盾
毎週、前の一週間を振り返って、象徴的な欧州の産業・エネルギーのトピックスを選び抜いて、分析したレポートを発信したい。今回、第一回目をぜひ読んで頂きたい。
- 自動車・欧州委員会の「Made in EU」に関する動き
- アントワープ、化石燃料を使わないプラスチックプロジェクトが中国に移転
- 小型原子炉の動きとAMR・SMRの統廃合の動き
- 天然ガス貯蔵不足とドイツ火力発電投資の継続
1️⃣ 自動車・欧州委員会の「Made in EU」に関する動き
そもそも今欧州委員会で自動車業界に関して、どのような議論が行われているのか?
欧州委員会は、欧州の産業主権を強化するための「産業加速」法案の発表を、当初予定の12月から2026年2月末へと延期した。この遅延の背景には、欧州産業戦略担当副委員長のステファン・セジュルネが提唱する「Made in EU」の定義を巡る深刻な対立がある。
一方の陣営は域内生産を重視する厳格な定義をしていて、もう一方の人生はカナダやブラジル、インドといった80のパートナー国での生産分も「欧州産」と見なす拡大解釈を主張している。
具体的な数値基準も争点だ。例えば自動車分野では、域内調達率が低く設定されれば、欧州ラベルを維持したままのさらなる海外移転を招く恐れがある。法案には、1億ユーロを超える対内投資に対し、技術移転や現地採用、合弁事業の設立を義務付ける厳格な条件も盛り込まれる見通しである。
自由貿易を掲げてきた欧州が保護主義的な政策へ舵を切ることに対し、WTO(世界貿易機関)のルール違反や、外交関係の悪化を懸念する声も根強い。現在は、日本やカナダのような極めて近しい国に限定してラベルを認める妥協案も検討されているが、加盟国間の足並みは揃っておらず、欧州の産業政策は大きな岐路に立っている。
なぜこのような欧州の保護主義的な動きが出てきたのか?
そもそも、このような「Made in EU」の動きは中国製車両の流入から域内産業を保護することに端を発している。「欧州コンテンツ(現地調達率)」の最低基準に関する動きに対し、フランスの自動車業界は強い危機感を抱いている。部品メーカー側は、是正措置がなければ2030年までに35万人の雇用が失われると警告し、車両価格の75%を現地調達とするよう求めている。
欧州でもメーカーによって立場は違う、またメーカーとサプライヤーの利害も対立
ステランティスやルノー、フォルクスワーゲンといった量産メーカーは、欧州に多くの工場を持つため、生産体制の適応が比較的容易であり、この原則を支持している。対照的に、メルセデスやBMWなどのプレミアム勢は、モデルごとに世界各地の工場(米国や中国など)へ生産を割り当てるビジネスモデルを採用しており、産業構造の変更が困難なため慎重な姿勢を示している。
計算手法を巡っても、メーカーと部品サプライヤーの間で溝がある。サプライヤーが製造原価全体を基準にするよう求める一方、ステランティスなどは最終組み立てやエンジニアリングを重視し、車両ごとではなく生産全体での平均値で算出する柔軟性を求めている。また、メーカー側は、バッテリーや電子部品といった戦略的部品の欧州内開発を支援する包括的な産業戦略をセットで進めるべきだと主張している。
フランス政府は欧州優先主義を掲げるが、ドイツの自動車工業会(VDA)は猛烈に反対しており、今後の交渉ではイタリアの動向が鍵を握ることになる。
今後の動きをどう見るか
メーカー間とサプライヤー間で利害が対立する欧州で、欧州委員会が各国の合意形成でもたついている間に、コストとテクノロジーで優位なBYDやGeelyをはじめとした中国メーカーは益々シェアを高めて、欧州のメーカーのポジションは弱まるだろう。もちろん国よっての違いは出るだろう。例えば、自国車へのブランドやLoyalityがドイツより低いフランスの方が中国勢がシェアを伸ばす可能性があり、ドイツのEVよりも中国製EVの方が技術や価格が優れているといって、消費者として乗り換えるには時間がかかるかもしれない。
しかしどちらの場合でも、域外の工場も「Made in EU」の最終基準に入っても入らなくても、中国メーカーは欧州メーカーに比べて圧倒的なコストと技術で欧州市場を攻め続けるトレンドに変わりはないだろう。中にはハンガリーやスペインのように率先して中国の自動車やバッテリーメーカーの進出を促進することによって、欧州の中国生産車進出を加速させる動きもあるのを見逃してはならない。
2️⃣ アントワープ、化石燃料を使わないプラスチックプロジェクトが中国に移転
デンマークの化学メーカーであるビオネオ(Vioneo)が、ベルギーのアントワープ港で計画していた15億ユーロの投資を撤回し、生産拠点を中国に移転することを決定した。

このプロジェクトは、化石燃料を使用しない「グリーンケミカル」の象徴として期待されていたが、今回の決定は欧州経済の構造的な問題を浮き彫りにしている。
ビオネオは当初、アントワープで年間30万トンの非化石由来プラスチックを生産する計画だったが、エネルギーコストの高さや規制の複雑さから、欧州での事業は経済的に持続不可能と判断した。一方、中国ではグリーンメタンの供給網が確立されており、より効率的かつ迅速にプロジェクトを推進できるという。
この撤回に対し、アントワープ=ブルージュ港の当局や業界団体は、欧州連合(EU)による支援不足と競争力の低下に強い危機感を表明している。2025年にはBASFが同港で600人の削減を発表し、トタルエナジーズもユニット閉鎖を計画するなど、化学産業は深刻な危機に直面している。欧州委のフォン・デア・ライエン会長らが推進した「クリーン産業協定」も、現場の投資維持には至っていない。ベルギーのデウェーヴェル首相は、エネルギー価格に関する欧州レベルの協議を求めており、自国産業の「博物館化」を阻止するため9億ユーロの電気代削減策を講じたが、欧州全体の産業空洞化への懸念は深まっている。
このような動きが意味する事
これは明らかにヨーロッパの敗北だ(とりあえずこの段階において)。エネルギーコスト、原料の入手可能性、そして許認可を気候変動対策の目標と整合させない限り、世界初かつ世界規模の施設は、今後も欧州以外の場所で建設され続けるだろう。
朗報としては、中国で非常に興味深い技術を用いて持続可能なポリマーを大規模に生産する機会が得られるということだ。そして、これをモデルとして、次の工場が欧州に建設されることを期待したい。
3️⃣ 小型原子炉の動きとAMR・SMRの統廃合の動き
小型高速炉(AMR)の開発を手掛けるフランスのスタートアップ企業、Naareaが経営破綻の危機に直面している。同社はこれまで民間から9,000万ユーロの資金を調達し、政府からも1,000万ユーロの補助金を受けていたが、昨年9月に更生手続きに入っていた。先週、ナンテール経済裁判所は、唯一の買い手候補であったルクセンブルクのEnerisグループに対し、同社の買収を命じる判決を下した。同グループは、Naareaのプロジェクトは「技術的な行き止まり」にあると結論付け、7,300万ユーロの投資計画を撤回した。この決定により、維持される予定だった108名の雇用は失われ、Naareaは来月早々にも清算される見通しである。

今後フランスの小型原子炉(SMR)の将来をどう見るか
EDFという日本の電力会社すべてを合わせたような巨大電力会社が存在するフランスで、現在9社のAMR/SMRの開発企業(Jimmy, Calogena, Naarea, Otrera, Newcleo, Blue Capsule, Stellaria, Thorizon, Hexana)。がしのぎを削っている。しかも、最も資金力があるEDFも自社SMRプロジェクト(Nuward, しかし今戦略転換中)を持っている。
明らかにプレーヤーが多すぎて、それに対し、フランスは政治が不透明な上にエネルギー戦略(PPE)の将来が見えない中で、国の補助金は一社当たり1000万ユーロ程度と限られている。9社中、最大の5億37万ユーロを調達したNewcleoを除いて、開発に数年間、当局の承認にさらに5年から10年間かかることを考えると、キャッシュがそれまでに持たずに、統廃合や今回のように倒産する会社が相次ぐだろう。もちろん、EDFやCalogenaのように国営企業や大企業の子会社にそのリスクはない。正直、私はフランスから欧州や世界的なSMRの会社が育つことに否定的である。原子力規制当局がフランスよりもpragmaticでよりビジネスライク、かつ政府と民間資金が豊富なイギリスやアメリカの方がSMR開発企業が成功する可能性は高いだろう。
4️⃣ 天然ガス貯蔵不足とドイツ火力発電投資の継続
予想を上回る冬の寒波とGNL(液化天然ガス)の輸入不足により、欧州のガス在庫が急減している。現在、欧州全体の貯蔵率は約50%であり、この時期としては歴史的に低い水準にある。冬の開始時点ですでに85%と例年を下回っていたが、ウクライナを経由するロシア産ガスの途絶がその背景にある。 在庫補充における「価格の逆転」 通常、ガス価格は冬に高く夏に安いため、夏季に在庫を補充するのが一般的である。しかし現在は、在庫枯渇への懸念から夏季の先行価格が冬季を上回るという「価格のパラドックス」が生じている。3月末時点の在庫が20%を下回れば、次期シーズンに向けた目標である90%の充填は困難になる。
専門家は、3月末の在庫を20%から30%の間(予測値25%前後)と見ている。 各国の対応と市場の不透明感 フランスでは、StorengyやTeregaが規制に基づき在庫確保を進めている。一方、欧州最大の貯蔵能力を持つドイツでは、市場原理に依存した補充方式が課題となっている。政府による介入の可能性が市場の歪みを招くリスクがあり、ドイツの在庫補充が停滞すれば欧州全体の供給体制が脆弱化する恐れがある。欧州当局は、11月1日までの目標値を90%から、10月から12月にかけての83%へと緩和することで、夏季の価格高騰を抑えようと試みている。
ガス火力発電所:ドイツ、欧州委から巨大計画開始のゴーサインを得る ドイツ政府は、電力供給の安定化に向けた戦略的な一歩として、2026年に合計12ギガワット(GW)の発電容量建設に関する入札を実施する。ドイツ経済・エネルギー省は、欧州委員会からこのプロジェクトへの国家補助金交付について承認を得た。この計画の柱となるのは10GW分を占めるガス火力発電所であり、これらは遅くとも2031年までの稼働を目指している。残りの2GWは蓄電池などの新技術に割り当てられる予定である。これらの発電所は、再生可能エネルギーの導入拡大に伴う出力変動を補う「バックアップ」としての役割を担う。ドイツでは原発が全廃され、石炭火力も2038年までの廃止を目指しているため、無風時や日照不足時の電力価格高騰を防ぎ、産業の競争力を維持することが急務となっている。新設される発電所は将来的に水素への転換が可能な設計が義務付けられ、2045年までの完全脱炭素化を目標としている。フリードリヒ・メルツ首相は、過去の脱原発を「重大な戦略的誤り」と批判し、ドイツのエネルギー転換が世界で最もコスト高になっている現状を指摘している。入札開始の決定はRWEやシーメンス・エナジーなどの業界団体から歓迎されているが、一方で年間数十億ユーロに及ぶ可能性がある補助金負担が、電気料金を通じて消費者や国家財政に重くのしかかる懸念も示されている。ドイツの公的支出が対GDP比で50%を超え、財政状況が厳しさを増す中、政府はエネルギー安全保障とコスト負担の難しい舵取りを迫られている。

この二つの重要ニュースが意味する事は?
- 在庫枯渇」と「価格逆転」による需給の危機的逼迫 ロシア産ガスの途絶と寒波が重なり、欧州のガス在庫は歴史的な低水準に。通常は「冬高夏安」であるはずのガス価格が、夏季の補充需要を見越して逆転する「価格のパラドックス」が生じて、市場の需給調整機能が限界に達している。
- 「脱ロシア」に伴う欧州エネルギー安全保障の脆弱性 フランスのような規制による在庫確保に対し、市場原理を重視してきたドイツの補充体制の遅れが欧州全体の懸念材料となっている。ロシア産ガスという安価で安定したベースロードを失った代償として、欧州全体のエネルギー安全保障がこれまで以上に不安定な綱渡りを強いられている。
- 脱原発・脱石炭の穴を埋める「ガスへの回帰」と矛盾 ドイツは原発全廃と石炭廃止を進める一方で、12GWもの大規模な発電計画を打ち出したが、その大半(10GW)はガス火力だ。「脱炭素」を掲げながらも、再エネの変動を補うバックアップとして、皮肉にも在庫不足に苦しむ「ガス」に頼らざるを得ない構造的な矛盾を抱えている。
- エネルギー転換コストの増大と産業競争力への打撃 将来的な水素への転換を前提としたガス火力の新設には、膨大な補助金が投入されている。これは消費者や国家財政への重い負担となり、ドイツのエネルギー価格を世界最高水準に押し上げ、ひいては欧州経済を支える製造業の国際競争力を削ぐリスクを内包している。ドイツとして、高いコストと二酸化炭素が出るグレー水素で見かけだけの水素経済を築いても、あまり意味がない。
- エネルギー政策の「戦略的軌道修正」の加速 メルツ首相による過去の脱原発批判に見られるように、理念先行のエネルギー政策(エネルギーターニング)が現実の供給不安に直面し、大きな転換点を迎えている。今後は、理想(環境)と現実(安全保障・コスト)のバランスをどう再構築するかが、欧州政治の最優先課題となっている。




